FDMY 防災ユースフォーラム


防災ユース女子探訪 〜溝上晶子さん①〜

投稿者: kurata, カテゴリー: RENSAI✕BOUSAI

聞き手 横幕早季(静岡大学防災総合センター学術研究員)

 私の連載では防災分野で活躍するユース世代の人たちを訪ねて記事を書いていきたいと思います。

 記念すべき第1回は溝上晶子さん。
 溝上さんは1995年の阪神・淡路大震災時に神戸市内の自宅で被災。当時小学1年生でした。その後も神戸市で育ち、高校は兵庫県立須磨友が丘高校に進学。全国大会の常連である放送委員会に所属。卒業後、早稲田大学教育学部に進学しました。
 この間,被災者としての立場から、震災の記憶を「伝える」活動を中心に、防災の分野で活躍されてきました。

 私が溝上さんに出会ったのは2008年の第7回防災ユースフォーラム。
大学3年生の彼女は防災に関する様々な企画の立ち上げ・運営に関わり精力的に活動されていました。そんな彼女の話を聞いていきます。

——溝上さんにとって、阪神・淡路大震災の経験はもちろん大きな出来事だったと思うのですが、それから防災に関わるようになったいきさつについて教えて下さい。

溝上:阪神・淡路大震災では自分の大好きな街で地震が起き、大きな被害が出て、たくさんの方が亡くなりました。その現実は、小さかった私にとっても本当に衝撃的な出来事でした。

 その震災のことを伝えていこうと明確に意識するようになったのは、高校時代の放送委員会の活動がきっかけです。放送委員会で、震災を体験した方々に取材をする機会があって、その中でいろんな体験をされた方の話を聞ききました。何人もの具体的な体験談を聞いていくうちに、自分が伝えていかなきゃという思いが育っていったんです。

——高校の放送委員会ではラジオドラマやテレビドキュメンタリーを作成されていたんですよね。私も「NHK杯全国高校放送コンテスト」のラジオドラマを聞いたことがあります。

溝上:活動の中で顧問の先生から「数字じゃ人は動かないんだ」と言われました。“6000人亡くなった”“首都直下で死者何万人想定”では人は動かない。何かを伝えるには想像させることが大事、だと。

 よく「防災はイマジネーション」といわれますよね。私は、人はイマジネーションをかきたれられるもので動かされるんだと思っています。自分自身が体験談をたくさんの方から聞かせていただいて、実感として先生の言葉が染み込んできました。
 想像をかきたてられるような心に迫る震災の記憶を伝えて、「こういう怖いことが起こるから自分たちもそうならないように備えなきゃ」と一人でも多くの人に思って欲しい、そう思うようになっていきました。

 神戸でそんな高校生活を送っていた私の目が向いたのは、東海地震や首都直下地震といった次に地震が来るっていわれていた地域です。次に震災に見舞われる地域の人たちに阪神・淡路大震災の記憶を伝えて、地震に備えるきっかけになればいいなと。
 他にも理由はいろいろありますが、私の「伝える」意味をそこに見いだしたこともあって、東京への進学を決めました。

————
 溝上さんが防災に関わるきっかけとなった高校時代の放送委員会の活動。今でも彼女に根付いているように感じます。次回は、神戸から東京へ。大学時代に焦点をあてていきます。(続く)

1.17希望の灯りや慰霊と復興のモニュメントのある神戸市の東遊園地。奥の建物は神戸市役所。


(写真)1.17希望の灯りや慰霊と復興のモニュメントのある神戸市の東遊園地。奥の建物は神戸市役所。

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