FDMY 防災ユースフォーラム


シェルターの外で生きる力

投稿者: kurata, カテゴリー: 防災・災害

代表幹事を名乗る倉田です。
震災からはや、7ヶ月が過ぎました。もう、過ぎてしまいました。
この間、色々な事を考えてきたようで、
実際は沢山の情報、出来事、人の流れに押し流されて、
なす術なく漂流していたようにも思います。
また、少しずつ、頭の中を棚卸しして、更新していこうと思います。

先日2chで 「津波シェルター」なる物がある事を知りました。
ここではあえてURLは貼りませんが、
詳細を見る前から強い違和感を感じていました。
「これは、果たして、防災なのか?」

もちろん、これを開発した方々はきっと、一人でも多くの命を救いたいと
そういう真摯な気持ちで取り組まれたのだと思います。
また、同じ津波に襲われた場合、これが有るのと無いのとでは
生き延びる可能性が違ってくるのも、確かな事だと思います。

それでもなお、私は個人として、これを普及させたいとは思えません。

これを購入した方は、津波警報が発令されても決して逃げないでしょう。
なぜなら当初、すぐには逃げられないからこその、次善の策だったはずのシェルターは
それはいつしか「逃げなくてもいい理由」になり、
せっかく投資したの に「使わないで逃げたら損」という感覚に繋がるからです。
ほんとに、そうなると思います。少なくとも、自分だったらそうなります。

人間の心構えは思った以上に弱いもので、
ついつい甘えたり、油断してしまう。
だからこそ「安全神話」なんていう言葉があるわけです。
これさえ有れば、津波も揺れも大丈夫。
抜本的な対策を行うまでの「つなぎ」だったものは、
災害の記憶が風化すると共に、「神」に祀りたてられてしまう。

極論を言えば、「それ」が存在する事で、津波からの避難行動のみならず
住宅の耐震化や家具の固定といった抜本的「減災」の普及にブレーキがかかるとしたら。
「それ」を防災対策とは、やはり私は、受け取ることが出来ません。

対価を支払い、物を手にする事で、自分自身が強くなったような気持ちになる。
そんな極めて即物的な価値観で、災害に立ち向かうことは出来ないと思います。
技術の発達と共に人間が失ってきた、自分自身の強さを取り戻す事。
シェルターから出て、自然の中で、生き延びる能力を伸ばすこと。
3.11以降、価値観の転換が叫ばれますが、「災害に強いとはどういう事か」という
防災の目指す価値観自体も、見直さなければいけないなという自戒でした。


この記事に関連しているかも知れない記事:

コメントする

東日本大震災現地報告会(2011年3月27日)

東日本大震災現地報告会を実施いたしました。

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の情報を発信しています(随時更新中)

防災啓発活動


「遊んで学ぶ!地震に強い建物」として、耐震啓発活動に関わらせていただいています(管理人倉田のプロジェクト)。

中国・四川大地震報告会


防災ユース、市民防災研究所、防災サークルFREGが共同で行った、若者による四川大地震の報告会レポートです。

防災ユースパンフレット


防災ユースの活動紹介パンフレット、2011年版です。

防災ユース関連本


倉田ほか、防災ユース関係者も記事を書かせていただきました。