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平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震:現地レポート@山形県災害V支援本部

投稿者: kurata, カテゴリー: 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震

伊藤による、山形県災害ボランティア支援本部のレポートです。

3月17日から21日までの期間、
山形県庁内に設置されている「山形県災害ボランティア支援本部」に滞在し、
調査などのお手伝いをした。

全体の所感としては、とにかくガソリン不足が深刻で、
確保できるガソリンに応じて必要最小限の動きしか取れない状況である。

◇山形県災害ボランティア支援本部の活動
支援本部は、山形県県民活動推進室長を本部長に、地元のNPO法人ディーコレクティブ、
県社協、JC(日本青年会議所)、日赤、共同募金、山形県庁の6者で構成。
そのほか、地元NPOやボランティア団体などが協力して運営している。
県の災害対策本部の管理班の下部組織としての位置づけである。

当初は宮城県を支援するという目的で支援本部を立ち上げた。
現在は、福島県や宮城県などから避難してくる人たちの避難所が
県内各地に設置されたためその支援にもあたっている。

宮城県の支援については、調査報告から宮城県北部への支援が入っていないとのことで、
特に南三陸町に支援に入るべく情報収集中。

総務班の情報収集・発信担当は、県の地域情報を発信している
NPO法人Yamagata1のスタッフが支援本部に入り、情報収集と発信を行っている。

◇JC山形ブロックの炊き出しに同行
20日、JC山形ブロックが南三陸町に炊き出しに入るため同行して、
南三陸町の避難所や被災地を見て回った。
南三陸町の道路はがれきは除去され、車の通行は可能。

町の災害対策本部も設置され避難所にもなっている「ベイサイドアリーナ」では、
次々に救援物資が届くが、避難所への配送がうまくできていない状況。
もう一つ見た歌津中学校では、米軍のヘリにより物資が搬入されているが、物資の整理ができていなかった。

緊急消防援助隊が救出した遺体を運んでいるところに遭遇。今なお行方不明者の捜索が行われている。

◇被災者の声
(1)家の中を見せていただいた家族
この地区にあった住宅約100軒のうち、残ったのは4軒でほかはみんな津波で流された。
残った4軒のうち高台にあり、津波はきたものの浸水被害ですんだお宅を見せていただいた。
・ここまで津波が来るとは思っていなかった。
・急いで裏の高台にあるビニールハウスに逃げ込んだ。
 水が引いてから布団などを持ち込み、3日間そこで生活した。
・息子たちに、じいちゃん・ばあちゃんが生きているうちはここに住みたいと話している。
 ガスはプロパンガスで大丈夫だが、電気・水がどうなるのか心配。
・今は避難所に避難しているが、家が心配なので家を見にきている。
《片づけのお手伝いをしましょうか?と伺ったところ・・・》
・ここだけ家が残ったからといって、ボランティアの方に片づけをお手伝いしてもらうことはできない。
 他の人たちは今「自分の家族」を探している。
・避難所は、救援物資は足りているが、人手が足りない。
 みんな家族を亡くし精神的なショックを受けていて体が動かない。

(2)津波で自宅が流され自宅のあった場所を見に来た主婦
・子供を預けて避難所のお手伝いをしている親は、10日間も子供に会えていない。
・周りの子供が転校し始めている。子供たちをこのまま南三陸にいさせていいのかと考えている。
 これまでやってきた部活はどうなるのか。
 しかし、車も家も現金、身分を証明する免許証もなにもかも流されてしまったので、どこにもいけない状況。
・役場の住民台帳が流されてしまったので、誰がどうなったのか確認できない。
・先が見えないので不安。
・ラジオしか情報源がない。
 アリーナの避難所には山形新聞があり、山形のことがわかっても地元の宮城のことがわからない。
 子供に「耳が痛い」と言われても、どこの病院がやっているのかわからないし、
 連れていっても診てくれるかわからない。


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