FDMY 防災ユースフォーラム


「小千谷から」読了と渥美先生の講義、で考えた事:その2

投稿者: kurata, カテゴリー: 防災・災害

「いくら効率的な防災対策が重要だからといって、自然と共生した生活スタイルを
否定してはならないと思う」という所まで、その1で書きました。(そういうつもりで書きました)

そんな事を考えつつ、これまた先日、たまたま名古屋大学にいった際
大阪大学の渥美先生の講演があり、お話を聞かせていただきました。

講演の中で渥美先生は、被災者一人一人に寄り添い、その声に耳を傾ける事の
重要性を説いておられました。
特に印象に残ったのは
「被災者の方も被災するその日までは普通の生活をしていた。
 被災したからといって、急に難民のような生活を強いる事ができようか」
と仰っていた事で、これは自分にとって目から鱗でした。

再度、以前の自分の考えについてですが、
「被災した方は大変お気の毒ではあるが、被害を防ぐ対策を怠っていた事による
自業自得な面もあるだろう、だから不便だったり不快なのはしかたない」と思っていました。
でも、そうかもしれないのだけど、そうなってしまう事自体は、決して他人事ではない。
日本で暮らす以上、どんなに万全な備えを行っていたとしても、
自分や自分の周りの人だって、ある日突然被災してしまう可能性がある。
災害は文字通り「明日は我が身」。

だからこそ、この国では、ある日もし被災してしまっても、
再び元の生活に戻れるようなシステムになっている事が必要だし、
これからそうなっていかないといけない。
例えば家を耐震化して、命が助かっても、それまで築いてきたコミュニティが壊れちゃったら、
やっぱり「よかったね」にはならないですよね。表面的なハードの対策だけじゃ、だめ。
(もちろん、地震に関しては、あらゆる対策は十分なハード対策の上でこそ
効果を発揮するという教訓を忘れてはいけませんが!)

そんな、あらゆる面で災害に打たれ強い、タフな社会をつくっていくには
一体どうしたらいいのでしょうか。
それに関する案・提言として、「地域力を高める」なんて言葉を聞く事があります。
でもそれって、決して容易い事ではない。

例えば、毎日残業で、家に帰っても仕事で頭がいっぱいの人に、
地域のイベントを企画する事はできません。
あるいは、子育てや毎月の家計で将来が不安いっぱいの人に、
地元の将来を考える事はできません。
地域を盛り上げるような市民の自発的活動、すなわちボランティアって、
「それに携われる程の精神的余裕がある状況で居られる」事自体が、とても幸せなのですよね。
当人にとって恵まれた、満ち足りた状況でないと(普通は)ボランティアなんてできない。
と思います。

これから先、災害に打たれ強い社会をつくる必要がある。
それがどんなもので、どうすればよいか、はっきりとはわからないが
経験的には「地域力を高める」事がアプローチの一つだといわれている。(ように感じられる)
しかし、そのためには今よりずっと、個人的・精神的に充足した社会となることが不可欠である。
これって、堂々巡りですよね。

このような考えは、まだまだ自分でも整理できていません。
ただ、防災は、防災としてだけでは、本質的な「災害への強さ」ではありえない、と感じています。
本質的に災害に打たれ強い社会とは、どのような社会か。
それは、防災を含めた諸々の「今すぐに必要ではないが、将来のために是非やっておくべきこと」に
取り組んでいけるような、だれもが心身ともにゆとりのある、豊かな社会なのだと思います。
陳腐な政治家の謳い文句みたいになってしまいました。うーん。


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コメント(2)

  1. can

    >「被災した方は大変お気の毒ではあるが、被害を防ぐ対策を怠っていた事
    >による自業自得な面もあるだろう、だから不便だったり不快なのはしかた
    >ない」と思っていました。

    そうなんですよね。
    これって、社会福祉的な考え方ととても共通する点があると思います。

    例えば、生活保護制度ですが、これは低所得になった理由を問いません。
    低所得というそれだけで(本来は)受給できる権利があります。
    (まあ、実際はいろんな理由をつけて受給させていないのですが、考え方はそうなのです)

    それは「貧困になる」ということが個人的な責任だけではないから、ということが一つの理由として挙げられています。つまり、資本主義制度をとっている国においては社会構造的に貧困が生み出されるのだ、という考え方です。

    なんだか、難しいですが、何が起こるかわからないから、お互い様ってことですよね。

    あと、もっと人間っぽくて私の考え方に近いのは、理由はどうであれ、その人が困っているのなら、助ければいいじゃん、という考え方。極端なおせっかいかもしれませんが、例えば、耐震補強をしていたら助かっていた高齢者が、そのために自宅が倒壊して、真冬の避難所にいて、肺炎でごほごほやっていたら、私は絶対に病院に連れて行きます。あなたは、耐震補強しなかったから、助けません、なんて馬鹿馬鹿しいとしか思えません。

    ま、これは私、個人の話なので、他の人にもそうしろとは言えません。社会的な了解がとれるかどうかは別ですね。

  2. kurata

    canさんへ
    コメントありがとうございます。

    > 例えば、生活保護制度ですが、これは低所得になった理由を問いません。
    そうなのか〜。知らなかった。

    > それは「貧困になる」ということが個人的な責任だけではないか
    > ら、ということが一つの理由として挙げられています。つまり、
    > 資本主義制度をとっている国においては社会構造的に貧困が生み
    > 出されるのだ、という考え方です。
    経済が行き詰まって、資本主義社会の問題点が問いただされる昨今だからこそ、
    こういう難しい問題が出てきてしまいますね。
    当人の努力で回避できない貧困は、自己責任と言えるのか。。。
    どこまでが個人の責任なのか、個人の責任でない責任は、誰の責任なのか、、、
    僕らの世代は、逃げずに考えなきゃいかんと思います。

    > あと、もっと人間っぽくて私の考え方に近いのは、理由はどうであれ、
    > その人が困っているのなら、助ければいいじゃん
    そのように振る舞える人は、強く生きられる人であり
    そういうものに、私もなりたいと切におもうです。

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