先日、ずーっと「積ん読」だった「小千谷から」を読みました。
参考:小千谷から
書籍:amazon
購入したのは多分、2年ぐらい前だったかと(汗
そのとき数ページ読んで、なんとなく受け入れることができず
ずっと本棚の肥やしにしていたのでした。
「小千谷から」は、新潟県中越地震で被災した主婦の方が綴った被災体験のブログが
書籍化されたもので、被災生活の苦労、自身や家族との葛藤、地域の復興の様子などが描かれている
ノンフィクションの記録です。
あれやこれやの2年間で、倉田も家庭を持ち、人として成熟しやさぐれていくにつれ、
書かれている内容が、決して他人事でないと、実感できるようになりました。
以前は頭ではわかっていたつもりだけど、その気持ちに共感できなかった。
読後、特に印象に残ったのは、
田舎の人は、自分の地域をとても愛しているのだなあ、ということです。
(注:悪い意味で田舎と申し上げるつもりはありません、倉田は田舎が大好きです)
自分の住む地域がダメージを受けることが、身内が傷ついた事のように悲しいし、
同じように、地域が復興していく様子が、心からうれしく感じられるのだなあ、と思いました。
この感覚は、田舎で暮らした事のない人には、なかなかわからないのかな。
恥ずかしながら、大学時代の倉田は、
「なんで中山間地に人が住んでいるんだろう?」と思っていました。
しょっちゅう崖崩れや河川の反乱に悩まされてまで、住む価値があるのか?
復旧・復興の費用で引っ越ししてしまったらいいのではないか。
そうすればもう同じ災害に遭う事はない、その方が長期的には幸せに違いない。
なんて、多少本気で考えた事もありました。
でも、そうじゃないんですよね。
この地域があるからこそ、自分たちが居る、と考える人たちが居る。
そして、そうした自然豊かな地域からの恩恵を受けて、都会で暮らす人が居る。
日本人は、災害も含めた自然現象・森羅万象から、その恵みを享受し、歴史を紡いできました。
災害から逃れるために、自然との共生を諦めようとする事は(そんな事はできもしないのですが)
日本人である事を諦める事になるのではないでしょうか?なんて思っています。
(多少大げさかも。。。汗)
とはいえ、とはいえ、ここでジレンマです。
自然環境と社会環境の変化に伴い、今後大きな災害は益々増えていくに違い有りません。
今世紀前半に発生が予測される、数々の巨大地震も控えています。
災害からのリカバーを向上させるだけでは、どう考えても持たない。
国民全体で、自然災害による被害の軽減を考えないといけない時です。
はてさて、どうしたものか。
なんだか一体、何を解決すればよい問題なのかよくわからなくなってきました。
長くなったので、続きは次のポストに。
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